魔法のことば

でも、まだオオカミが生きている世界がある。
それを意識できるということは人間にとってすごく重要なことじゃないか。

魔法のことば (文春文庫)

魔法のことば (文春文庫)

選ぶ言葉は非常にシンプルで分かりやすい、声高に一方的に自然や動物の素晴らしさを説くわけではない、謙虚で誠実で純粋。彼が語るアラスカの話は美しく、魅力的で厳か。でも、その血の通った言葉には体温があって語り手の温かな人柄が伝わってくる。真っ白な雪原を歩く2匹のシロクマの美しい表紙は美しく、ずっと手元に残して何度も読み返したくなる。

星野道夫の講演集である本書は10回の講演で彼自身の言葉で語られたアラスカの話。まえがきにあるように時間をかけて、効率や結論を求めずにゆっくり読むのが良く似合う。語られる内容には当然同じエピソードが何度も登場する、大学生の時にエスキモーの村の空撮写真に惹かれ「あなたの村に行きたい」とつたない英語で手紙を書いたら半年後に返事が来て実際に行ったこと、誰もいない海岸でひとり泣きながら海に向かって踊りクジラへの感謝をしていたおばあさん、春の訪れを告げるユーコンの氷解、ひっそりと苔むし朽ちてゆくトーテムポール、冬眠しているネズミの貯蔵庫からポテトを半分だけ貰ってかわりに魚の干物を返す話・・・読み進めているうちにその話が以前読んだ彼のエッセイに出てきたエピソードなのか、それともさっきの章で読んだのか、はたまた全く違う媒体で読んだことがあるのか、もしくは初めて読んだのか曖昧になり、まるで自分がその目で見たような錯覚すら覚える。それがすごく良い。

魔法の言葉はアラスカへの愛であり、自然への愛であり、動物への愛であり、人間への愛がある。日本人に馴染みの薄いアラスカという土地を自らが歩き、人に会って話を聞き、体験してきた話が面白くないわけがない。アラスカでは自然を相手に動物も人間も真剣に生きている。いや、もちろん東京でだって人は必死に生きているけれど、アラスカのそれは日本よりもコントラストがハッキリしている。伝統を重んじながらも変化を受け入れる、そんなアラスカの人たちの姿に失いつつあるもの(もしくは失われてしまったもの)を見るのかもしれない。忘れかけていた大事なことを思い出させてくれるのかもしれない。結晶のようなキラキラした言葉は、「どちらが良い?」ではなく「どちらも良い!」という選択肢があることを教えてくれる。
大人になるにつれて、星野道夫の本がもっともっと好きになっている自分がいます。
私にとって星野道夫は「大切なことを易しい言葉でささやいてくれる」そういう人。