船に乗れ!

そこには自由があった。

船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

船に乗れ!〈1〉合奏と協奏

一度は2巻の途中あたりまでいったのですが、ちょっと間を空けたらすっかり内容を忘れ、読まないとなぁ…という変なプレッシャーを抱え早数年。年末までに読み終わるぞ!と気合いを入れて枕元に3冊積んで挑んだら意外にあっけなく読み終わりましたん。

青春音楽小説とまとめてしまうのは簡単だけれど、その青春という言葉には恋や友情や合宿や夢や未来への明るさと同時に嫉妬や裏切りや焦燥時には絶望なんかの混沌とした不安を含んだ陰湿な暗さも含まれている。

1巻は背景と登場人物の紹介が主になるので、全面に出てくるのはポジティブな青春。子供ではなく、かといって大人でもない思春期まっただなか中二病全開で自分を高貴な人間と思っていた高校生の僕(愛読書はニーチェ)の友情と初恋と哲学。担任・友達・先生・先輩・両親・親戚・・・・そんな様々な関係がどこか懐かしく羨ましい。音楽小説なので専門用語が多いのに違和感なく読める、オーケストラの場面とか笑ってコラえての吹奏楽の旅なんかが好きな人は特に相性良さそう。物語的には起。

船に乗れ!(2) 独奏

船に乗れ!(2) 独奏

そして、もっとも話の中で重要な承と転がこの巻。順調だったはずの僕の生活が少しずつ変わってゆく、甘さと苦さ。それはドイツへの留学によって決定打になってしまい物語は思わぬ方向へ・・・才能と努力の狭間から立ち上がる不安定さ。ぐらぐらとした崩壊の予兆。
船に乗れ! (3)

船に乗れ! (3)

結の巻は一番本の厚みが薄かったので、どのようにカタをつけるのか気になりながらの最終巻。

一人の偉大な音楽家の下には数十人の並外れた音楽家がいる、そして並外れた音楽家の下に数千人の優秀な音楽家がいて、さらにその下に数万人の技術を習得した音楽家がいるのだ。

痛々しくぐずぐずと僕が引きずり続けてきた様々なものとの決別、おそらくこれはハッピーエンドではないそしてもちろんバッドエンドでもない、それがこの小説がリアルと言われる所以かもしれない。


回想という形式なのでやたら勿体ぶるのはシューマンの指のようで、先の見えない閉塞感と才能にあがくのはスロウハイツの神様のようで、運命といってしまうにはあまりに残酷な「なんだって出来ると思っていた少年が何者にもなれないと悟る」音楽小説。未知の世界である音楽学校の生活も興味深かった*1です。眠れないほど!とかページをめくる手が止まらない!というタイプじゃないのにこの先が気になる!というタイプの本でした。しっかりと落とし前をつけてくれたので読後は爽やか。

挫折するのは簡単だけど、折り合いをつける方法は自分で体得していくしかないのかもね。

音楽で一番大事なこと。それは演奏する人間と、それを聴く人間が、同じ場所に同時にいるということなのだ。

もうちょっとクラシックが詳しければもっと楽しめたんだろうなー。

*1:たぶんホントにこういう生活をしてた人から見れば一言も二言も言いたくなるのだろうけども