墜ちてゆく男

殺人者と犠牲者のどちらもが神の名を叫んでいるなんて。

墜ちてゆく男

墜ちてゆく男

私の住む関東圏では「あの日、どこにいて何してた?」と言ったらそれは自然と2011年3月11日のこととなる。この本でいう「あの日」は2001年9月11日のこと。つまり舞台はアメリカ、ニューヨーク。世界貿易センタービルから生還した男が主人公。なんとも不思議な物語でした。


以下、内容に触れます。




世界貿易センタービルから生還した男は別居中の妻と子供のもとへ戻る。脱出時になぜか手にもっていたアタッシュケースをきっかけに1人の女性と知り合い、共通の記憶を持つ2人は徐々に関係をもつようになる。基本的な筋書きはこんなストーリー。多くの視点から語られるので「この彼(彼女)はいったい誰やねん」となりながらも手探りで進んでいくようなちょっと骨の折れる読書でした。
主人公キース、妻、息子、妻の母親、その母親の彼氏、記憶を失うまいとする老人たち、ポーカー仲間。テロによって知り合うこととなったフローレンス。そこにテロの実行犯の青年や落ちる男(Falling Man)としてその瞬間をパフォーマンスする男などのカットが巧妙に割り込まれている。それぞれがそれぞれの立場で。
ニュースを受け止めきれず*1自らの物語を作り出す子供たちの遊びや神出鬼没で人々に何かを伝えるFalling Man、などどこか不穏な空気を感じさせる作品、そして「記憶」が大きなキーワードになっている本。記憶により傷つき、記憶に苦しめられ、記憶を愛し、記憶と共に生きる。はじめのうちは数ページづつしか読めなかったのに最後は空が白んでいることに気が付かないほど一気に。とりわけ最後のアタックのシーンは凄い。語彙が少ないのは承知のうえで、こんな体験は他ではない。
最後の方Falling Manの説明があるんだけど、見たような見てないような曖昧な記憶しかなくて。読み終わったら写真は見なくちゃと思って、やっぱ見れないと思って、でもやっぱり思い直して見る。googleで1クリックで検索できてしまう。落ちる男。写真に写った時は生きている人が数秒後にはこの世にいなくなっている写真。彼自身ではなくこの光景を意図的に繰り返すパフォーマー、デイヴィッド・ジャニアックこそがこの本の題名な訳だけど。そうか、この3章はみんな人名なんだね。


なによりも驚いたのは本の中で盲導犬ロゼール*2に会えたこと。

Thunder Dog: The True Story of a Blind Man, His Guide Dog, and the Triumph of Trust at Ground Zero

Thunder Dog: The True Story of a Blind Man, His Guide Dog, and the Triumph of Trust at Ground Zero

この本に出てきた盲導犬はロゼールかもしれない、ロゼールでは無いのかもしれない。しかし1匹の犬が希望を与えたことは真実で、ゆえにそのシーンが重い小説に僅かながら光を与える。

ロゼールが立ち去った現場を数時間後にベアが歩く。

救助犬ベア―9.11ニューヨーク グラウンド・ゼロの記憶 (ノンフィクション 知られざる世界)

救助犬ベア―9.11ニューヨーク グラウンド・ゼロの記憶 (ノンフィクション 知られざる世界)

犬は希望を探しだすのが得意なんだよ。

*1:あえて受け止めずかな?

*2:

サンダードッグ―9.11 78階からの奇跡の脱出劇

サンダードッグ―9.11 78階からの奇跡の脱出劇

盲導犬ロゼール。世界貿易センターノースタワーに勤務していた主人と共に78階のオフィスから生還した盲導犬盲導犬は救助の為に上へ登る消防士たちの勇気の匂いを嗅ぎ、その後ビルが死んでいく音を聞いた。