辺境・近境

辺境・近境 (新潮文庫)

辺境・近境 (新潮文庫)

村上春樹は嫌いじゃないし、旅行記は大好き。なのになぜ今まで読んでなかったのかと問われれば、単純に巡り合わせの問題。

作家村上春樹無人島やメキシコや香川県ノモンハンアメリカや神戸を往く。車やバスや徒歩たまにお伴の松村君も一緒に、でも異国情緒あふれる壮大な旅行記ではなく、どちらかというとトホホなエッセイ。いやトホホなのは無人島?*1全体を通して軟質の水のようにスッと入っていく文章は小説と変わらず、それをそのまま楽しめるからエッセイは気楽で好き。この本を読んでいて思ったのはやはり村上春樹はその場所の空気を魅力的に書くのが非常に旨い作家なんだよなーということ。メキシコ編なんて湿度の高い熱気あるバスの空気がこっちまで伝わってくるみたいだし*2海辺のカフカの澄んだ図書館の空気にしても実際の図書館よりも凄く居心地が良さそうだもの。ちょっと気障でチャーミングな旅するムラカミハルキ。今まで見落としてたけど、この人の旅行記とは相性いいかも。

僕は自分の抱いた印象をそのまま他人に押しつけるつもりはない。僕はそのような目的のもとにこの文章を書いているわけではない。正直に告白するなら、僕は確固としたというよりはむしろあやふやな人間であり、恒久的というよりはむしろ一時的な人間であり、正確というよりはむしろ不正確な人間である。そしてこれはあくまで「僕の旅行」であって「あなたの旅行」ではない。僕は何かをあなたに押し付ける権利も資格もない。それに、いつ、どんな角度からみるかによって、ものごとの印象というのはがらりと違ってしまうものなのだ。

飄々としながらも時折核心をついたニヤリとしてしまう一文に出くわせば、そろそろ旅に出たくなる。

*1:夜行性の虫たちに昼間仕返しをするユーモラスでチャーミングなトホホ話。

*2:メキシコ歌謡曲の話が特にお気に入り