富士日記

帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話を聞いてくれる男がいて嬉しい。

富士日記〈上〉 (中公文庫)

富士日記〈上〉 (中公文庫)

富士日記〈中〉 (中公文庫)

富士日記〈中〉 (中公文庫)

富士日記〈下〉 (中公文庫)

富士日記〈下〉 (中公文庫)

何が面白いの?と聞かれてもなかなか説明するのが難しい。
謎の密室殺人も、身分を超えた大恋愛も、巨大な企業悪との対決も、役に立つライフハックも載っていない、妻であり母である人の本当に純粋なただの日記。あえて特筆するべきことと言えば、旦那さん(武田泰淳)が作家なぐらい。昭和39年から51年まで、富士山麓にある山の家で暮らした日々の記録。毎日の買い物、食べたもの、ご近所との交流、やったこと、交わした会話、季節のうつろい・・・書き留めないとすぐに忘れてしまう些細な出来事が、のびのびとした澄んだ感性で書かれている。この本にある日々の営みを見ていると生きることの本質とはこういうことなんじゃないかなと思う。
なにげない日常を大切にと言われても、それを失うまで気がつかないことの多い我々ではありますが、下巻の最後の方になると健康に関する記述が多くなり食べたものも柔らかいものや消化のよいものに変わっていくあたりに月日の流れを感じる。時間をかけて書かれたものだから、読むほうもちびちびと何か月もかけて楽しませていただきました。既に夫婦は既に亡くなり、舞台となった山の家も取り壊され、買い出しに行った出来たばかりのヨーカドーは閉店した。それでも、こうやって残り続けるのが文章。ブログなんてなかった時代の、他人の家のなかの様子をうかがうのはとても興味深くてなんだかちょっと見てはいけないものを見ている気分。
読み始めてから気付いたのですが、ちょうどこの日記が書かれたころ自分の父親がこの町に暮らしていてそんな空気を感じられた点もまた良かった。もしかしたら、どこかですれ違っていたのかもしれない・・・なんてね。

去年あたりから、片付けを兼ねた「持ってるものを見直そうキャンペーン」を始めておりまして、本も音楽もすべて一度読み直して整理中なのです。