静寂のノヴァスコシア

これを書いているいまも、わたしはただひたすら、ノヴァスコシアが恋しい。

静寂のノヴァスコシア (ナショナル ジオグラフィック・ディレクションズ)

静寂のノヴァスコシア (ナショナル ジオグラフィック・ディレクションズ)

著者ハワード・ノーマン氏の職業が小説家なのか、エッセイストなのか、それとも研究者なのか存じ上げない。でも彼がカナダのその土地と鳥類を愛する物書きであることは良く分かる。ノヴァスコシアって単語を聞いてもレトリーバーの中でかなり知名度が低いノヴァスコシア・ダック・トーリングレトリーバー*1しか思いつない地理に疎いワタクシですが、アリステア・マクラウドの本そのものであるケープ・ブレトン島もノヴァスコシア州に含まれると知って縁を感じる。ただ、この本はひとつの表情だけではなく、それぞれの章が独立して多くの人の沢山の記憶が交錯している。

  1. 姉宛の書簡で綴られる女性の一人旅。旅といってもそんなに明るいものではなく、ジョゼフ・コンラッドの小説にどうしようもなく惹かれてしまった1人の夫人が朗読会へ行くために妻であることと母であることを放棄してニューヨークへ行く。罪の意識に苛まれながらも密かな高揚感と自由が、しなやかな強さがある。
  2. 予兆・前触れを題材にした伝承の話。夢や言い伝え、脈々と受け継がれてきた民話をより一層輝かせるのはこの章の構成そのもの。パン屋の出会いから最後の再会は不思議な余韻を残す。
  3. 鳥を愛する人たちのささやかな交流とスケッチノート。特にシマアジ(鴨)への愛着。
  4. 詩人エリザベス・ビショップを巡る旅と彼女の研究者サンドラ・バリー。ただひたすらにこの両人が魅力的。あくまで真摯にビショップと向き合うサンドラとむしろサンドラの方に興味が出てくる著者の対比が愉快。いわゆるロケ地巡りもこんなドラマチックになりうるのかと。
  5. エピローグとしてロバートフランク

仮定として、その土地に住んでいる人しか書けない本と、その土地を通り過ぎる人しか書けない本があるとして、マクラウドが前者なのに対してこちらの本は後者のタイプ。しかし、静かながら激しさを含んでいる点はどちらにも共通している。

*1:かなり珍しいカモ猟をするらしい